ミライヲラシク!

つまづいてばかりのこれまでを「変えていく」足跡ブログ

うつでどん底を経験した僕が放送大学に入学してから卒業するまで

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あのどん底だった頃の自分に伝えたい。放送大学を卒業して未来が見えてきたよ、と。

うつ病で18歳の時に入学したフツーの大学。大きな夢と憧れを持っていた当時の僕。

順風満帆と思っていた矢先。足元から飲み込んでいったうつ病の波。

思い返しても記憶が薄くて思い出せないくらい、どん底の暗闇を超えてきた今。

就活を終え、先には自分から進みたいと思える道がはっきりと見えるようになりました。

この機会に僕の「放送大学を卒業するまでの僕の歩み」をブログに記しておこうと思います。

 

 

はじめに

この記事は『今、自らが置かれた場所で希望を見出せなくて苦しいと感じている』人に届いて欲しいと願って書いています。

僕の場合はうつ病に何年間も苦しめられ、結果として「放送大学を卒業する」という区切りを達成することで少しずつ未来が見えてきました。

『放送大学のことは知らないし興味もない』と思っている人にも『どん底なりの過ごし方』を伝えられると思っています。

はじめに言っておきますが、人間の悩みは千差万別であって、私の悩んだ経験が読者の皆さんに全て当てはまるとは思っていません。

でも役立つことも多いと思っています。人の悩みは実は似ているような気もしているのです。

ではまとめていきます。

どん底に落ちるまで

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「無理をすることがうつ病のトリガーになる」は本当だった

僕がうつ病になった経緯を一言でまとめると、無理をしていたんです

限界を超えて活動範囲を広げようと奔走していました。人から任されることに快感を覚えるという変態だった僕。とにかく責任感を埋め合わせることに必死でした。

当時の僕は部員が100人近くいた(幽霊部員もいるけどね)写真サークルの部長を任されていたんです。自分から立候補して始めたんですよね、責任感欲しさに。

さらに奨学金地獄だった僕はスーパーマーケットで週4日のアルバイトをやってました。その上に新しくできた彼女との同棲も始める始末。

大学の授業にはほとんど行かず、サークル活動の事務仕事に企画、サークル仲間とラーメン食べに行き遊びに行き酒を飲む。

当時の僕はかなり無理をしていました。これがうつ病のトリガーになっていたんじゃないかなって考えています。

「臭い物に蓋をする」といつか噴火する

当時の僕は大学の授業にほとんど行っていませんでした。試験前は友達からプリントをもらってノートを見せてもらって一夜漬け、こんな感じです。

正直、焦っていました。このままだと留年してしまうって。

東京で一人暮らししながら私立の大学に通っていた僕は生活費のほとんどを奨学金と少しのアルバイト代で賄っていたんですね。だから尚更留年なんてできない。

「単位」と「お金」の不安に対して当時の僕がとった姿勢は『臭いものに蓋をする』。

つまりは逃げていたんです。

でも人間の心はうまくできてるんですよね。蓋をした中で臭いものが熟成されるんです。最初蓋をした悩みが気づくと何倍にもなっていました。

臭いヘドロみたいなものが火口からドロドロ流れ出てくるイメージ。

時すでに遅し。僕はサークル活動もアルバイトにも行かず家に引きこもるようになっていました。

「責任から逃げること」の罪悪感が拍車をかける

大学生の一番の責任は大学に通うことだと思うんです。だって大学生だから。

僕はそこから逃げてサークル活動に精を出し、空き時間にアルバイトをしていました。もっとも基本になるはずの大学生の責任から逃げる。

留年する。奨学金が止まったら大学に行けなくなる。

置かれた立場をダメだと否定しながらしかし身体が動かないという悪循環に陥ったんです。

成績表に並ぶ「試験未受験」の文字。ボロボロの単位数。目の前まで迫ってくる留年の影。

少しでも仕送りをしてくれている親への罪悪感と大学に希望を持っていたあの頃の自分自身への罪悪感。

罪悪感はうつ病の立派な培養になります。罪悪感と自己否定の無限ループ。

放送大学に編入学する

諦めの境地からの中退

18歳で入学した最初の大学。順風満帆な大学生ライフを過ごしていた矢先、飲み込まれたうつ病の波。休学と復学を繰り返すも諦めの境地に至ったのが21歳の夏でした。

所属していたゼミの担当教授に退学のあいさつをして、退学届を学事課に提出します。

大学の退学届って両親の署名が必要なんですよね。まあ当たり前って言えばそうなんですけど。さすがに申し訳ないと思いましたね、あの時は。

未知の大学

うつ病を治療しながら続けられる大学を探しました。自力で。

意外と大学って冷たいです。中退するとわかった学生に対して次の道に進む手助けなんてほとんどありません。私立大学からすれば学生はお客様なので学費をこの先払わないとなれば事務的なやりとりのみですし。

お金をかけずに大学を卒業したい。毎日大学に通って授業を受けるのはメンタル的に無理。そういう後ろ向きな動機で見つけたのが、放送大学でした。

この時は「目の前は崖だけどなんとか先に繋げなきゃ人生が終わる」っていう感覚。

入学願書を書くことができなくて同棲してた彼女に手伝ってもらった記憶があります。メンタルがやられると集中力がなくなります。普段できることができなくなる、うつ病って恐ろしいです。

放送大学生になる

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うつ病を知るために心理学にのめり込む

編入学したのは10月。秋入学でした。

中退した大学でもそうだったんですが、僕はずっと心理学を専攻してました。

理由は「人が心を病む理由を知りたい」から。病気の知識を持っていればなんとなく楽になれると思っていたんですよね。結果を言えばあまり楽にはなれなかったんですけど。

放送大学では臨床心理学を中心にひたすら履修しました。最初の学期は9科目とって試験を受けて無事に全て合格。

放送大学生の1日

放送大学って「働きながら教養を身につけられる」っていうイメージが結構強いと思うんです。大学の広告を見てもそういう雰囲気ですし。定年を迎えた人がもう一度学ぶっていうことも多いみたいです。

その中、僕は働かずに実家に引きこもって勉強してました。白い目で見ないでください…。

ほんと働ける状態じゃなかったです。人前に出ること、スケジュール通りに動くことができないんですよね。気分の波がグネグネ。

そんなメンタルでも放送大学を続けることができたのは、通信制の「自由さと気楽さ」があったからだと思います。朝起きて調子が悪くても夜に調子が良くなれば授業を受ける。いつでも自分のペースで進められるって気楽です。

最後の学期は21科目を履修していたので、週に21回の授業を受けてました。ちなみに1回は45分。

一週間のうち6日は授業を受ける。21科目を消化するためには1日4科目を進めなきゃならない。1日の中で休憩とか含めて5時間はやってました。

孤独と自分との戦い

通信制の学校特有の悩みだと思うんですが、とにかく孤独です。自宅で独り授業を受けるのですから。友達と励ましあうことができないし。これが意外と辛い。

大学って青春っぽいことイメージするじゃないですか。通信制って他の学生の顔が見えないから尚更。まあそんなことありませんでした。勉強一択です。

こうなってくるとモチベーションの問題も生まれます。自分との戦い。

勉強以外の刺激がないから意欲が落ちがちになります。逆に捉えれば勉強に専念するならば素晴らしい環境になるんですけどね。自己管理できないと卒業できないのが放送大学だと思います。

僕はノートに履修している授業の表を作って、受けた授業から○印をつけていくというアナログな方法でモチベーションを保ってました。

表が少しずつ埋まっていくことに快感があるんですよね。なにか小さなことでもモチベーションを見つけて続けることって忘れがちですが大切なことです。

「コツコツと地道に」が大切だとわかった

 家で独り勉強する。他の人から見ればものすごく地味な光景なんじゃないかな。

卒業までが地道な努力が必要とされるので、僕もなんども心が折れかかりました。

自分が恵まれた環境じゃないと考え始めると卑屈になりがち。不幸を呪ったり、過去を恨み始めたり、環境を責め始めたりする。

しかし現実は地道に授業を受けることしかできない。やるしかない。

コツコツやっていると今まで気づかなかったことに気づく時があります。僕の場合は授業を受ける新しい楽しみを見つけられる時がありました。教授の話し方の特徴を見つけて遊ぶ、ちょっと真面目に教科書を読んでみるとか。

そんなことを続けていると自分の心持ちが少しずつ変わっていきました。「あ、なんか頑張れているな」って感覚。あの感覚を何度も掴んでいくと環境が少しずつ変わっていきました。

「自分で考え行動すること」は心を回復させる

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あなたは最近、自分のやりたいことをやっていますか?

自分のことを自分のために考える。これはいい!!と直感的に思ったことを素直に行動してみる。

僕が苦しんでいた間、とても苦手としていたことです。

他人から向けられる感情や言葉。そういうものに敏感になっていました。僕の場合は、

  • 親の期待に応えなければならない
  • もっと立派な大人にならなきゃいけない
  • 苦しい状況から早く脱出して普通にならなきゃいけない

こう考えている時ってすごく辛かった。自分を生きていないということなんだと、最近気付き始めました。

自分は自分。時間の使い方は自分が決める。自分のやりたいことを素直に行動に移す。自分が辛いと思ったらそれを正直に受け入れる。必要であれば相手に協力してもらう。

自分に素直になる。

これが苦手なうちは永遠に苦しいままなんだと思っています。

僕が放送大学を選んで入学して卒業する。23歳が放送大学を卒業して社会に巣立って行くっていう方法は、一般的な道では無いです。邪道かもしれません(笑)

それでも自分で選んだ道なのだから周りにとやかく言われることでは無い。

自分の選んだ道を肯定的に受け取ってくれる、マイノリティーな生き方を認めてくれる社会はあるはずだし、そこで活躍する自分になりたい。

そう考えると楽になりましたし前向きに生きることができるようになりました。

実際に就職活動も無事に終わりました。自分のありのままを正直に伝えて、強みを伝える。そのための努力をする。そうすればオンリーワンの存在になれるはずです。

「放送大学卒業」でも就職活動はなんとかなるよ

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今年の夏。僕は就職活動をやりました。場所は東京。言わずもがな、たくさんの企業が集まる場所です。

結果から言うと無事に内定をもらうことができました。内定式には間に合わなかったけれど。

ここで就活の様子を詳しく書きたいところなのですが、企業名とか特定されるようなことは書けないので、僕が放送大学卒業という経歴をどう就活で活かそうとしたかを書いていきます。

周りとは違う選択だからこそ「自分らしく努力する力」

なんだかんだ言って学歴社会はかなり残っていると思います。東大京大、慶應早稲田の人と肩を並べようなんて最初から考えていませんでした(笑)

自分のどんな面をアピールすれば相手に伝わるのか、就活中必死に考えていました。相手に伝わればとりあえずOK。それくらいアバウトに「伝える」ことに集中しました。

周りとは違う選択肢を選ぶ、そこには何かしら理由がある。理由と選んだ先で努力したこと、その結果を伝えようとしました。自分に伝える力が備わっていれば、相手は結構興味を持ってくれます。そうすればこっちのもの。

周りに放送大学の就活生なんて殆どいません。それだけで個性があります。そこに「伝える力」「その会社で活躍する姿」をアピールできれば結果はついてくると思います。 

実際に内定をもらって、先日の懇親会では「放送大学卒です」と堂々と自己紹介しています。自分に自信を持って相手に伝える。そのための努力をする。

周りの大学生に引け目は取らないと思っています。足りないものがあれば補えばいいだけだし。本読んで勉強して行動してたくさんの人に会う。そうしていればきっと自分らしくなれると思っています。

放送大学に入学してみようと考えている貴方へ

ここまで読んでくださっている方。本当にありがとうございます。嬉しいです!

  • 放送大学って実際はどんな大学なんだろう
  • 現状を打破するために入学してみたい

そう考えている人もいるかもしれないので、とりあえず紹介しておきます。

www.ouj.ac.jp

春入学と秋入学があります。入学から卒業まで必要な学費は70万円。

他の大学で取得した単位があるならばそれを生かすことも出来ます。

詳しくは公式ホームページを参照してもらえればいいかと。

アマゾンから公式の印刷教材を購入することもできるので、地上波やBSで放送されているテレビ授業とradiko.jpで聴取できるラジオ授業を使ってやってみることも可能です。

失敗してもまた動き出せば結果はついてくる

放送大学を選ぶきっかけが失敗経験とは限りません。たまたま僕がそうであっただけで、様々な人が放送大学に所属しています。

自分自身に素直になる。やりたいと感じること。お金や時間の使い方。

自分らしく生きて、それを出会った人に伝える。これを繰り返していればきっと自分らしく幸せになれるんだろうなって思います。

僕は大学を卒業して自分の自信につながりました。達成できた大きなことが自分の中に残りました。

これを読んでくださっているあなたにとって、この記事が少しでも役に立てれば嬉しいです。